Loading
近江長岡 -廃線らしきものを発見- - 時々日記w
05«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»07

時々日記w

不定期(^^ゞ 色々書きますよ>^_^< たぶん・・・

--

--/--

--.

--:--:--

スポンサーサイト 

Category【スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback -- |comment --

page top

 

2010

08/09

Mon.

15:30:00

近江長岡 -廃線らしきものを発見- 

Category【探検系

発見した経緯は航空写真を見ているときに線路のような分岐点と線路のような曲がり方をした道があったので気になって調べてみた。結局2時間くらいかかって調べましたw

どうやら草津から長浜まで線路がなかったので当時は連絡船で船を使って長浜から草津までつないでいたみたい。

以下、wikipediaより関係のあるところを抜き出しました

長浜-関ヶ原は1883年に開業、春照駅開業 

1889年草津-長浜間に鉄道が開通したことにより長浜-春照が廃止され春照より関ヶ原寄りの分岐点(深谷)-現近江長岡-米原が開通する。

1891年長浜-分岐点が復活し、貨物支線として運行する。深谷開業プラス緑

1899年柏原経由関ヶ原-米原が開通。それによって関ヶ原-分岐点-近江長岡と関ヶ原-分岐点-長浜が廃線

こんな感じですwわかりにくいですねwまぁ、うえの文字の色と下の地図を照らし合わせていただければw

こういう風に変わっていったんですよ。なぜ柏原経由の線路ができたかというと、赤線のような旧線の場合25‰つまり、1km進むごとに25m高くなるというすごく急勾配な線路で補機を使って上っていた。補機というのは1台では上りきれない坂を2台の蒸気機関車を連結して上る際のサブのほうで、補機をを使わないと登れず、地域住民や乗客が後ろから押して上ったこともあるというくらいきつい坂。それでは効率も悪いので平均勾配が低い場所を通ろうということで柏原経由の青線の線路ができたそうです。

うん、やはり。。。w線路だったんだ!予想当たっちまったよぉ~w

ちなみに春照駅は伊吹山中学の少し左あたりで

深谷駅は赤線と緑線の交点あたりです。

また、近江長岡駅は開通当初(緑線開通時)は長岡駅という名前で、のちに近江長岡に改名されました。

先日の伊吹せんろみちの記事の中でトンネルをくぐったとあったのはまさにこの赤線の道をくぐったのですw


あまり有用な内容はありませんが。。。

自分なりにまとめたつもりですw←下手すぎるw

電車は外装ではなく中の動力系とか制御系が面白いと思うし、鉄道(線路)も面白いと思う。というより思い始めたw

ネットで調べるとすべてわかってしまうから少しだけ予備知識を入れて実際に旅に出ると面白い。

今度は近江鉄道多賀線?のほうに行って今はない廃線を探したいと思います。


関連記事

http://garz.blog47.fc2.com/blog-entry-197.html

http://garz.blog47.fc2.com/blog-entry-195.html

関連記事
スポンサーサイト

[edit]

page top

 

コメント

page top

 

コメントの投稿

Secret

page top

 

トラックバック

トラックバックURL
→http://garz.blog47.fc2.com/tb.php/196-c04ec5b3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。